【10】雑談コーナー

ようこそおいで下さいました。


(1)僕、石野ゴロでーす

 僕、石野ゴロでーす。平成15年9月22日生まれの柴チャンでーす。お父さん、お母さんに優しくしてもらって、僕、幸せでーす。






(2)仲人、石野容三・紀美子

 石野容三・紀美子はこれまでに結婚の世話をして三十組以上の男女の仲人をしました。死ぬまでに百組の仲人をしようと頑張っています。
平成18年1月




(3)平成18年1月9日 容三の高槻市立現代劇場での講演会

 「なせばなる、なさねばならぬ、何事も。ならぬは人のなさぬなりけり。」 江戸時代の上杉家中興の人、上杉鷹山公の言葉ですが、不言実行。行動して、楽しく明るい老年を送ろうと只今実行中。
 私は昭和九年の生まれ。今年十月には七十一才になる。神戸に生まれ、神戸の灘高卒、京都大法科卒、住友に勤めた。
 十才の頃より武道を始め、灘高時代は柔道の先鋒で、兵庫県で団体優勝、近畿大会まで出場。京大時代は空手部主将として、近畿大会を京都大が主催、同大会に出場。武道暦六十年。新しく総合武道としての養気武道を創始。現在週三回高槻で指導。
 六十八才よりダンスを始め、平成十六年十二月には京都の全日空ホテルで、平成十七年八月には京都のウエスティン都ホテルでデモンストレーション。十七年十二月には京都の全日空ホテルでデモンストレーションの予定。
 六十六才の三月から家内の指導で洋画(油絵)を始め、六十八才の六月から日本画(水墨画、墨彩画)も始めた。十六年八月に近鉄百貨店本店で個展。十八年正月には東京銀座の松屋(百貨店)本店、二月には大丸百貨店神戸店、五月には近鉄百貨店本店ででそれぞれ個展の予定。又家内と二人で「創作絵画サロン(容紀会)」を作り、十七年七月より神戸東灘区民センターにて絵画教室を開いている。今年十一月には宝塚ホテル、十二月に都ホテル大阪にて教室を開く。尚、「美術年鑑」に十七年度版から洋画家・日本画家として名前が掲載され、「美術市場」にも十八年度版から洋画家として掲載される予定。
 私は七年前(平成十年)に二回目の心筋梗塞をやり、三年前に脳梗塞をした。二年前には四ヶ所の心臓バイパス手術をして障害者となっている。この間に睡眠時無呼吸症候群、椎間板ヘルニア、前立腺大手術等をし、ひどい時は一年の三分の一は入院という状態だった。救急車にも何回もお世話になっている。
 しかし、元々武道家として、気力、体力に自信を持っていたので、全ての病気を克服し、大変な老年になってから未知の世界(絵画・ダンス)に突入。もうすぐ七十一才になるが武道練習、絵画創作、ダンスレッスン、その他(まだまだあるが長くなるので省略)に毎日楽しく励んでいる。武道はずいぶん前から専門家。絵画も新人の専門家。ダンスのみはこれから練習を重ねて専門家になりたいと思っている。
 やる気さえあればやれるという信念のもと日々楽しく励んでいる。老年の仲間達も私のがんばっている姿を見て、力一杯生きてほしい。
 平成十七年十月二日
  高槻市西冠一丁目十六ノ五 石野容三(七十才)



(4)容三のうた(詩・短歌・俳句・狂歌・川柳)

●我が齢(よわい)七十有余
●●友の多くは冥界に有り
古人言う
●●人生七十歳古来稀なり
我が命すでに見えたり
●●しかれども勇士(つわもの)よ
●●最後の一戦
●●死すべき時は今なるぞ
 
●●平成18年2月
 
●梅一輪
夫婦(めおと)になって
幾年(いくとせ)ぞ
 
●●平成18年早春

●梅一輪
夫婦(めおと)の行く先
何かある
  
●●平成18年早春

●ハッピー ハッピー クリスマス
メリー メリー クリスマス
今日は楽しいクリスマス
とっちゃん踊る
かっちゃん踊る
ハッピー ハッピー クリスマス
メリー メリー クリスマス
とっちゃんゴロと踊ろうよ
かっちゃんゴロと踊ろうよ
今日のプレゼントはなにかいな
ハッピー ハッピー クリスマス
メリー メリー クリスマス

●●平成17年12月

●願わくば
桜のもとに
春死なん
花散るごとく
花散るごとく

●●平成18年早春


●ちんちんちんちんゴロちんちん
僕のちんちん日本一
パパのちんちん小さいな
僕のちんちん大きいぞ
おしっこ遠くへ飛ぶわいな
 
●●平成18年1月
 
●俺とお前は同根(どうね)の桜
俺が咲くときお前咲く
俺が散るときお前散る
共に咲くこと楽しもう
共に散ること楽しもう
 
●●容三から紀美子に 平成18年2月
 
●寒椿
寒さにめげず
凛(りん)と咲く
我も咲きたや
この行く道に
 
●●平成18年2月
 
●丈夫(ますらお)の
行く道々は
険しくも
ただひたすらに
進むことのみ
 
●●平成18年2月
 
●爛漫(らんまん)の
桜の下に
娘子(むすめご)踊る
今宵楽しき
宴(うたげ)の夕べ
 
●●平成18年2月
 
●相打ちの
その折りにこそ
勝利あり
戸惑(とまど)う勿(なか)れ
恐るる勿れ
 
●●平成18年2月

●ゴロゴロよ
走れよ走れ
寒空に
 
●●平成18年2月
 
●妻と行く
桜散る径(みち)
静かなり
 
●●平成18年2月
 
●愛犬と
妻と三人
寒空に
 
●●平成18年2月
 
●我が命
既に見えたり
しかれども
我は往(ゆ)くのみ
力のかぎり
 
●●平成18年2月
 
●共白髪(ともしらが)
幾年月の
共白髪
夫婦(めおと)の道は
はるかに続く
 
●●平成18年2月
 
●天地(あめつち)の
眠る一時(ひととき)
我一人
画業に励む
楽しきこの夜
 
●●平成18年2月


●天地(あめつち)の
 神も知るまじ
 我が心
 忍びに忍ぶ
 我が恋心

 平成18年2月


●トッちゃん好き好き
 ワンワンワン
 カッちゃん好き好き
 ワンワンワン
 僕は息子のゴロちゃんだ
 ゴロゴロゴロゴロゴロちゃんだ
 今日も三人楽しい散歩
 うんちをするぞ
 おしっこもするぞ
 それそれそれ
 
 平成18年2月 ゴロ

●幾年(いくとし)も
 喜び悲しみ
 過ぎたれど
 妻は変わらず
 傍らにあり
  
 平成18年2月



(5)容三雑感

●僕は孫悟空。とてつもなく気が強い。我が儘な暴れ者。とてつもなく腕に自信あり。如意棒を振り回して、天空を翔る。夜討ち、朝駈け。そして失敗、失敗の連続。その都度、紀美子観音に助けを求めて救われる。感謝すべきを感謝せず。又々暴れ回る。観音様に腹を立て、その掌(たなごころ)から遠く千里を飛び去ったつもりが、気が付くと依然掌の上。この様にして孫悟空は命果てることになる。

●紀美子観音の指導で洋画を始めたのが六十六才。日本画を始めたのが六十八才。とにかく晩学。人生の残りは少ない。通常のスピードでは目的地に達しない。一、二年で他人の十年分をするしかない。そのような計算では画業三十年になる。そろそろ自分なりの成果がなければならないと思う。
 版画、書を始めたのが七十才。またまた紀美子観音の指導。ますます人生の残りは少なくなった。もう、光より速く突進するのみ。

●人生短く、事成り難し。天よ、願わくば七難八苦を与えるとともに、これに打勝つ力を与えよ。我はこの一筋の道を疑わず突進するのみ。もはや選択の時間はない。